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2012年12月16日日曜日

流星マスク

色々と忙しかったりしたのですが、ようやく更新することができました…。
原稿書いてる時、家のPCで長文打つのはずいぶんと久しぶりだと思い、感慨深かったです。

この曲は、シングル「GO FOR IT,BABY~キオクの山脈~」(改めて見るとすごいタイトルだな…)の3rd beatです。

この曲は割とわかりやすい曲だと思います、だからこそ、ストレートに響いてくるわけで。


「流星」というのは、絶望を意味する暗闇の中に光る希望であるように感じます。また「マスク」というのは、「情けない正体」を隠すために装着したカモフラージュや背伸びの数々。

どうでもいいですが、この曲を聞くたびに、私の頭の中には星空の下を疾走する月光仮面のイメージが浮かんでなんだか笑ってしまうのですが、同時にそのこっけいさが、この曲の主人公の葛藤を強烈に示してくれるようで、これはここまで狙って作られているのかどうなのかはよくわかりませんが、よくできてるな~という感想を抱かずにはいられませんでした。


この曲の結論として描かれているのは、仮に自分の「正体」が「情けない」ものだとしても、「まっすぐな視線に晒されて 隠せるものなど なんにもない」し、「昨日は変えられない」わけだから、ありのままの自分を見せよう、自信の持てなかった自分に自信を持とう、という自己評価の変貌です。

ありのままの自分を恋人に見せることについては、まっさきに「NATIVE DANCE」が浮かんだのですが、あっちは、なんだかエイヤッで全てを見せつけているのに対し、こっちは「まっすぐな目線に晒され」ることで自然と「ボロボロと剥がれ」ていくわけで、なんだか対比すると随分とこちらの主人公はあっちに比べてピュアというか、より、10代向けの漫画の感じな雰囲気を漂わせている気がします。

とてもじゃないけれど、あのイケメンで、もうお世辞にも若者と言えなくなっている年の稲葉さんからこのような歌詞が出て、また実際に歌っているところを想像できないのですが、またこのギャップを、私は非常に好ましく思いました…なんだろう、妙に可愛い?


私もかなり自己評価は低いので、この歌のような展開で自己評価を回復できたなら、それはまさに望んでいる展開なのですが、それもまああり得ないことなのだろうなと同時に思う、そんなこのごろです。


何にせよこの曲は、イメージも題材も、そしてメロディも非常に綺麗で、聞いていると、まるで恋愛小説を読んだ後のような、いいよね~という、少し甘酸っぱい感じが残るものだと思います。

また、B'zの楽曲であることによって、更にそこにパワーが加わっていることも、この曲を無二のものとしている要因のひとつだと思います。
なかなかこの題材をここまで力強く歌い上げられるアーティストもいないのではないでしょうか。

2012年9月17日月曜日

恋心(KOI-GOKORO)

今日はこれです。「恋心(KOI-GOKORO)」。

 (KOI-GOKORO)ってなんやねんっていつも思うのですが、まあそれはいいでしょう。言わずと知れた超人気曲です。

 B'zの楽曲は、自己満足成分の高い曲と、明らかに売りに行っている曲の2種類に大別されると思います。とりわけ、シングルの表や、アルバムの代表曲などは、キャッチーなメロディや、パワーあふれる楽曲だったり、万人に受けやすく作られていると感じます。そしてそれを狙い通りに売ってしまうことも、B'zのお二人のポテンシャルの高さを表していると思います。

 しかし、そんなお二人でも、たまに大きなミスをしでかすことがあった…その一つが、この「恋心」を、2nd beatに入れてしまったことです。

 この曲は、シングル「ZERO」の裏にあたります。どういうわけか、本人たちも人気が出ると思っていなかった裏の曲が、凄まじい人気を誇り、あろうことか表の「ZERO」より人気が出てしまいました。しかしこのエピソードこそが、この曲が名曲たる所以の一つではないでしょうか。売るつもりではなかったのに売るつもりの曲より人気が出てしまったという…。

 また、この曲には振り付けがあります。どうやらコアなB'zファンの方々は当たり前のように踊れるようですが、私には踊れません(笑) そこまで難しいものでもないので、いつか動画を見て習得したいなと思っています。

 楽曲の感想に移ります。のっけから、少し抜いた、切なめに歌う稲葉さんの声に心を揺らされます。

 この曲のタイトルは「恋心」であり、はじめから、「先生」の報われない恋の話が綴られるわけですが、どうも、報われない恋だが何とか完遂させたいという切実な思いはどこか感じられない。これは曲の最後に分かることですが、この曲のテーマは確かに「恋心」を含んでいますが、総括のテーマは、必ずしもそれではないのです。そして、そのことが、この曲を単なるラブソングにとどまらない名曲とし、また、多大な人気を誇る理由になったと思っています。

 このことが初めてわかる部分がここです。「抱き合った仲間ともいつかは離れていくけれど…」

 あれ? これは報われない恋の辛さを歌った曲ではなかったのか…? そうではありません。

 この曲は、過去、とりわけ青春の日々を懐古する曲なのです。その一番のきっかけが、かつて抱いた「恋心」であって、報われない恋の辛さを吐き出したくて歌われた曲ではないのです。
 むしろ、「忘れない いつまでもあの恋 なくさない 胸をたたく痛みを」と、努めて忘れないようにしている点で、主人公は、この失恋をかなり肯定的なものとして考えています。

 この、「報われない恋」から「懐古」までの移行が絶妙です。失恋が後の人生の大切な思い出となることや、青春時代の感情の機微を懐かしむこと、それらの感情がないまぜになった何かは、言葉で言い表せないまでも、確かにみんなの共通認識として存在しているのです。その感情やニュアンスは、確かにこのようにして言葉で説明すれば、ああ、あるよね、と共感を得られるのかもしれませんが、それではあまりにも野暮です。そして、その固有名詞のない感情を、あえて説明的な表現を使わず、婉曲的に指し示しきってしまうところに、稲葉さんの手腕が見えるのだと思います。

 また、どうでもいいことなのですが、この過去のものとして語られた失恋の主体は、一体どんな人だったのでしょうか…。自分のことを「先生」と呼んでますが、これは、まさか自分の生徒への恋愛感情だったのか…? それとも、稲葉さんは大学時代に家庭教師をされていたようですので、家庭教師としての自分を「先生」と表現したのか…? このへんが何だか犯罪チックで大丈夫か?と思ってしまいますが、まあそこはスルーしましょう(いいのか?)。
 もしかしたら、そこに現実的な視点から切りこむのは野暮以外の何物でもないのかもしれません。実際、「先生」という表現は、他のいかなる知識も、彼女とつきあうことに関しては役に立たない…という状態を表す隠喩として、これ以上ない言葉選びだと思います。そして、「授業」や「シャンプーとリンス」といった言葉を併用されることで、この曲に、ある種のポップさをプラスし、「失恋」ではあるが、陰鬱とした雰囲気にならないようにする効果を発揮していると思います。

 この曲の素晴らしさについては、書いても書いても書ききれる気がしませんが、そろそろ私の語彙も尽きてきたので、このあたりにしようかと思います。

 「松本」という固有名詞を出してみたり、ミルクティーの後の「イェー」が何なのかとか、ネタにも困らないこの曲、これからも、いつまでも忘れずに生きていきたいものです。