2012年9月15日土曜日

CHAIN

ゴーヤぁ!!


 失礼しました。

 この曲は、稲葉さんソロ名義で出されているシングル「遠くまで」の2nd Beatです。

 冒頭のゴーヤぁ!ですが、私が勝手に最初のガヤの部分で、明らかに稲葉さんの声で「ゴーヤぁ!」と言っている(ように聞こえる)ことに妙にハマってるだけです。これ一体何なんですかね。聞く度に気になってしょうがないんですけど。

 で、この曲についてですが、この曲のテーマは、究極的には「優しさ」だと思っています。特に私自身、自分に最も欠けている感情だと思ったりするので、この曲を聞いていると、好きなんですが、やはり説教をされている気分になってしまうことがあります。

 CHAINとは、究極的には「人と人とのつながり」を示す鎖の意だと思うわけです。あえて「鎖(CHAIN)」という言葉を選んだのがまた妙だと思いますが、人と人とのつながり…絆は、時として「しがらみ」となって、私達を縛ります。そこには「うれしいことも」ありますが、「やなことも」もちろん存在するわけです。
 私なんかはどうしても人と人とのつながりのいい部分ばかりありがたがり、面倒くさい部分を完全に忌避してしまったりしますが、「うれしいことも やなことも どこかでみんな つながってる」ことを考えると、私のそういう部分は、まず肯定されるべきものではないことが、自分でわかってきてしまいます。

 しかしこれは、近年の核家族化、ネット社会化を考えると、割と日本人共通の問題とも言えるのではないでしょうか。みんな、人間関係の「やなこと」「まずいの」を嫌がるあまり、社会で孤立する人たちが増えていっていると思います。

 それが本当にダメなことなのかって根本的な議論はまずあると思いますが、やはり人とは、人である以上、社会的に誰かとのつながりを求めたがるもの。いやむしろ、「やなこと」「まずいの」を忌避するあまり、本当は望んでいる人とのつながりを放棄してる人に対して、この曲は訴えを起こしているのかもしれません。

 そして、稲葉さんはこの歌詞の最後に、CHAINを維持するための、彼なりの結論を示しています。それが、
1.「好き嫌い言わないでにっこり笑ってみればいい」
2.「あの人もこの人も大したもんだけど大したことない」
3.「精一杯生きている それだけでもういい もういいよ」
 という部分に表現されています。

 1.に関してはまあ分かるかなって感じだと思いますが、問題は2.ですね。あの人もこの人も大したもんだけど大したことないって一体どんな感覚なんだよってところですが、私はこの一文ほど、この歌詞の中で深い部分はないと思っています。

 2.の解釈については、色々な見方によって、この感覚を感じることができるのだと思います。
 まずひとつは死生観です。人はいずれいつか死にます、その人生、長くて100年程度。そう考え、また視点を、歴史レベルでマクロなところまで持っていくと、今まで身近で、凄まじい人だと思っていた人も、意外と大したことがない。

 あともう一つは、これは3.にも関わってきますが、結局人生色々あり、運をつかんだり才能があったりなかったり、色々と補助要員は存在すると思いますが、中核として、どんな人間も、「精一杯生きている」ことは変わりない。夢に向かってまっすぐ努力している人も、日々を怠惰に腐っている人も、みな、自分なりに何かしらの葛藤を感じ、その日々を精一杯生きている。そう考えると、今まで感じていた羨ましさや妬みがすっと消えて、憎たらしかったあいつをふっと「許せる」感覚にはならないでしょうか。

 しかし、この感覚を常に維持することはなかなか至難の業だと思います。誰もが精一杯生きてると言っても、世の中は得てして不公平ですから、同じだけの努力をしたのに、自分より何倍も幸福(に思える)あいつの存在ですとか、自分を置いてどんどん上に向かってしまうあいつの存在ですとか、逆説的ですが、精一杯生きている限り、誰もが精一杯生きていることを考え、その全てを許すことは、容易なことでは決してないはずなのです。

 ここで最初の結論に戻りますが、だからこそ、私はこの歌のテーマは「優しさ」なのだと思っています。自分が精一杯生きつつ、人の精一杯の生を認め、「好き嫌い言わないでにっこり笑」うことは、もはや並大抵の優しさではない。

 私などは特に、人一倍薄情な人間だったりするので、これからもCHAINを聞いて、少しでも自分の中に「優しさ」の灯をともしたい。そう思ってる次第です。くれぐれも、「もらったプレゼント」を「全部どこかに置き忘れ」ることがないよう、努力していきたいと思っています。