2014年1月27日月曜日

GE2漫画描くぞプロジェクト・2週目〜イラスト専が漫画に挑むよ〜

とりあえず、5ページ目が途中の段階まで進めた。
以前の記事にあげた、全体計画からは遅れているものの、これは1週目に生じた遅れであり、取り返せはしていないものの、今週分に関しては、確実にノルマ分を消化したと言える。

漫画を書く感覚自体も、反復とともに徐々に変わってきているように感じる。具体的には、早く描くことに慣れた。それから、イメージをそのまま落としこむ感覚が鮮明になってきた。イラストとは違うトレーニングが脳内で行われている感覚がある。
正直、1週間3ページのノルマは現時点ではきついが、慣れと能力の向上により、これから作業の時間が短縮されることを想定すると、我ながら良い目標設定だと感じたりもする。


さて、今回も、作画の中で感じたことを下に列挙する。


・線をどの程度綺麗に書くか
これはイラストでも感じたことだが、何も全てをベクターレベルにきれいな線で描く必要はないということだ。
もちろん、線は綺麗に越したことはないが、縮小されて見えないようなところまで、線を綺麗に処理しようとすることは時間の無駄である。
自分の作画を踏まえて、自分の家にあった、市販されている単行本を眺めたが、結構線は荒い人もいた。まあ、だからといって自分が荒くてもいいよと思うわけではなく(実際は荒い人は一部であり、またこれも丁寧に処理をしようとした結果だろうし)、有り体な話になるが、「注視度」によって丁寧さのレベルを変えていくことが求められるのだろうな、と。つまり、よく見られる顔アップの表情なんかは丁寧さをよく意識し、遠景の背景なんかは、そこまで整っている必要はない、みたいな…。といっても、まつ毛なんかは、私はそれなりに荒れていたほうがそれっぽさが出ると思っているし、実際にそれにもとづいて描いている。まあこれについては、もしかしたらかなり感覚的な話として理解したほうが適当なのかもしれないが、ザクっと結論付けるのならば、線を意識的に荒れさせたり整えさせる力も一部では必要になるのだろうという話である(エネルギー効率としても、作画そのもののレベルアップのためにも)。


・漫画の喜びは、「ひとつひとつの完成が早い」こと。そのたびに喜びがある
今回、漫画を描いていて、「漫画は描けるけど一枚絵は苦手」という人の気持ちが何となくわかるような気がした。
漫画は、(もちろん全体としての完成はイラストよりも遅いが)「完成」が、かなり短いスパンで何回も生じることになる。これはひとつの喜びの形だ。何よりいろんなものを描けるし、それを短いスパンで次々に完成させていくのだから、これはなかなか気持ちのいい体験だ。
イラストはひとつのオブジェクトを仕上げるのにかなりの時間がかかる。これは絵柄にも寄るものなのかもしれないが、その絵自体がカラーで、かつ長時間注視されることを想定している以上、それなりの描き込みと精度が要求されるのであって、ある意味「我慢の時期」は長い。
とはいえ、私はこの描き込みの作業が割りと好きなので、推測するのみになってしまうのだが…。だが、白黒という特性上、描き込みにある程度の限界があり、その限界まで達する時間がカラーイラストに比べて短いのは幸か不幸かそれなりに喜びではある。


・セリフを間違えて枠の大きさを修正しなければならなかったことがあった
これは反省点になるのだが、2ページ目の作画中、セリフの埋め込みを予定する位置を取り違えており、セリフで埋まるべきスペースの想定が大きく狂うことになった。これにより、描き込んだ位置がセリフで隠れることになり、セリフに隠れるはずだったスペースが大きく白日にさらされることになり、大幅なタイムロスとモチベーションの低下を招いた。
このことの反省として、確実に、最初のラフの段階で文字を埋め込み、セリフ枠を確定させてしまうことが望まれると感じた。


・パースラインをどのタイミングで引くか
恐らく立体的な絵を描くのに、パースという概念は切っても切り離せないものがあり、特に漫画の背景作画において、このことは無視できない要素だと思う。私は、イラストを描くことについてより、このパースラインをどの時点で引くか、そしてどこまでこれに忠実にラインを引くかについてずっと考えてきた。

まず第一に、創造性の問題がある。これは私だけの問題かもしれないが、パースラインが引いてあると、そこから背景をイメージすることがどうしても、私にはできなかった。そして、パースラインをある程度考えずに描いたラフは、大抵パースラインに当てはめるとむちゃくちゃに破綻していたりして、私は何度も背景のラフを書きなおした。これを、ただでさえ時間のかかる漫画作画で再現したくはなかった。

まず私が考えたのは、もうあえて考えないということだった。というか、イラストはこれで結構やったりしていた。左右反転してそれなりに見える誤差であればそれでよしとし(人物をパースラインにあわせてまで描いている人はあまり見たことがない)、あとは描き込みで説得力を持たせることにした。私が思うに、パースラインからの誤差が、その作画のリアリティに大きく関わってくることは、あまりにひどい誤差でない限り、ない。それよりもテクスチャーやその他の質感表現によってリアリティは形成されるものであって、パースラインに対して適合しているかしていないかは、ある程度無視してもいいような気がしていた。むしろそれによって創造性の翼がもがれることが問題だと感じていた。

また、私は今回、背景の多くをExcelを使用して描画しているため、全体としてはずれていても、その要素ひとつとしては、ラインがずれることはないのである。前回書いた「全体よりも部分」の理論に基づいて、私は、Excelが産んでくれる、この「部分としての整合性」のみで、漫画では足りると判断した、のが1回目。

その後、私は少し考えなおした。ふっと、建物を描くにあたり、その構造がどうなっているかが気になったからだ。
そして適当に検索した結果、以下のページを見つけた。
このpdfが、全てを解決してくれた(このpdfは、普通にgoogleで検索したら、候補内にヒットしたものだ)。パースラインは、(建物については)全体のざっくりとした形状、直方体に近い形に対して引かれるべきなのだ。
思えば、私は建物がどのようにできあがっているか、上のファイルを見るまでは知らなかった。しかし、これで、私は建物が出来上がるまでの、「理論的な過程」を知ることができた。それは建物というものを単純化して考える上で、どこを「基点」とすればいいかの最適解を知ることができるものであったし、これから資料として見る建物を「理解」する上での、理論的なとっかかりになるものだ。言葉で表現することは難しいが、とりあえず柱が存在して、そこから梁が出現し、壁と発展していくのだ。本当に言葉で説明することが難しいが、この要素が、私に、建物というものの「内部からの理解」を可能にしたのである。

また、建物を背景として描画する上で、「接地面」がある場合は、それが見えない場合よりも、より高度に整合性が求められるような気がした。
なんというか、地面が見えなければ、割りと適当に描いてもそれっぽくなるような気がするが、地面とつながっているところも描画しないといけないとなると、整合性について真面目に考えないと違和感が生じるように感じたのだ。
でも、このことは、人物だけのイラストでも同じようなもんだと思った。二人以上同じ画面に配置しても、足が切れている構図では、地面との整合性はあまり気にならないが、地面まで晒される画面だと、そのあたりの調整に手間取るし、実際にプロの描いたものでも、地面まで描かれると説明がつくのか怪しいものもたまに見たりする。

また、ドア付近のイメージが、自分は乏しいなと感じた。割りと二階以降についてはパッと頭に浮かぶのだが、1階目が思いつかずにネットを徘徊することが、そういえば昔から多かった。ついでとばかりに、さきほどの「理解」を踏まえ、ビル等建物の1階についていろいろと資料を漁った。
結果、1階部分というのは、それなりに2階以上とは差別化されている(骨格から)場合が多いと感じた。また、装飾に関しても、人を招き入れるための工夫が凝らされている。それも当然であり、1階部分というのは、通常一人の人間の視野からしたら、100%目にはいる部分であり、逆に、2階以降の外側というものは、遠景等でないと、なかなかちゃんと見る機会はない。1階は2階以降と区別して考えられるべきなのだ。

また、頻出する「扉」の構造についてだが、まあこれも言ってしまえば当たり前のことだが、柱と梁に囲まれた壁の中に、更に扉を配置するために設けられた穴というか空洞が存在するわけであって、その空洞の周りには、支えである柱のようなものが存在しているはずである。当たり前ではあるが、このことを意識することで、説得力のある扉が、単純な線であっても、描けるような気がした。


・段取りは、ざっくりしたラフ、セリフの配置、枠線の配置、詳細なラフ、ペン入れ、トーンの順
上で書いたミスの話に関わってくるかと思うが、最初にセリフの枠については確実に確定させるべきだ。
そして更に、「詳細なラフ」の段階では、いや、最初のラフの段階から、人物と背景は同時にイメージし、描かれるべきだ。人物と背景、全てをひとつの空間としてイメージすることで、パース作業をある程度(常識的に)スポイルしている部分を、それなりに補うことができるのではないだろうか。

なお余談だが、既にパースにおいて、大きく破綻したと気づいたコマが結構ある……が、修正は特にしないことにしている。
コマの構図の時点で脳内で適応される「パース感」というものは、恐らくかなり感覚的なものであり、またそうあるべきであり、よって、それは経験的に取得する能力でしかない、つまり覆しようのない実力の反映にしかならないと感じたからである。これは恐らく、イラストを描く場合と同じである。イメージそのものである構図の決定について、計算的な要素であるパース感が影響する道筋を、脳内レベルでそれらの要素が結合している以外に、私には想像することができなかった。


・ラフは何段にするべきか
これについては、イラストのときからそれなりに体系化しようと思ってはいた要素だったが、漫画については、2段が望ましいと私の中で結論がついた。ただしこれは、ヌードデッサンを描かない場合であり、難しいポーズなど、ヌードデッサンが必要になる場合は、合計3段になる。なお、ラフの最終段は、常に、引かれる線が大体確定している状態になっているべきである。


・ベタ塗り
ベタ塗りを効果的に使うことは重要だと感じた。下手くそを露呈するが、なんだか描きにくいなと思ったところがベタ塗りをすべきところであった場合、結構ラッキーである。
また、あまり背景にベタを多用すると、見づらくなるような気がする。ベタは画面を重厚にするが、同時にコントラストを大きく上げ、記号的な絵面から絵画的な絵面へ移行させ、視認性を悪くする要素も持ち合わせていると感じた。

・線だけだと情報が錯綜する
トーンによって、現在引かれている線を、読む人の脳内でカテゴライズする作業を助けることは、視認性を大きく上げる。トーンは重要だと感じた。
また、これはまた下手くそを露呈する物言いだが、それなりに線を積み重ねると、それなりにうまく見えるような気がする。
また、とりあえず、背景等、ストーリーに絡まないオブジェクトについては、トーンやベタなどをあまり使用せず、「単に何かがあることを示す線の集合」の位置にとどめておこうと思った。しかし、プロの漫画を見ると、背景等には重厚にトーンやベタが貼られ、人物の記号的な表現に対して、どちらかというとリアル路線の表現がされていることが気にかかるので、これは描いていく中でまたどのようにするか考えようと思う。


・甘いモノがほしくなる
私はあまり間食をしないタイプで、また甘いモノがあまり得意ではないのだが、漫画を描き始めてから、無性に甘いモノを口にするようになった。慣れないことをしているからか、それとも漫画の作画がそもそもこれだけのエネルギーを要求するものなのかはわからないが、ともかく漫画を描くことは、私にとって大きなエネルギーを必要とするものなのだということを再確認した。



以上である。また来週もこの調子で行きたい。